私は自分のことをおじさんだと思って生きている

心を守る手段として、自分をおじさんだと思って生きてきたアラサー女です。要領の悪いばかでへたくそ過ぎる日々を送っています。投げ出し・逃げ癖がついた、何も成し遂げてこなかった人生です。皆さんを色々な感情の渦へとお連れします。

そろそろおじさん口調で胎教するのをやめたい

現在、妊娠7ヵ月目です。

この時期は胎児の聴覚も発達して、私の声も聞こえてるらしい。

胎教を自分なりにしています。

胎教といっても、特別なことはできていないです。

胎児に語りかけているだけです。

 

私は高校生の頃から心を守る手段として、自分をおじさんだと思って生きてきました。

 

www.jinnseihetakuso.site

 一人の時というか、独り言はそう、

おじさん口調なのである!

習慣って怖い。

なかなか治りません。

胎児への語りかけもついつい、おじさん口調でやってしまっている・・・

これは、大丈夫なのでしょうか。

夫の前では普通です。

たまに、おじさんちっくになりますが。

だから生まれてきて、赤ちゃんが目の前にいたら口調も変わると思うのですが

今はお腹の中。

どうしても独り言要素が強くなり、気づいたらおじさん口調になってしまいます。

今回は、そんなおじさん口調の胎教を綴りたいと思います。

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 俺の朝は内職から始まる。

1本1円のゴム紐結びである。

ツレ(夫のことである)を会社へ送り出してからスタートだ。

ひたすら、もくもくやるのみである。

 

『ぽこっ』

胎動を感じる。

 

「おう、たあ坊(仮の愛称である)起きたか」

内職の手を止め、腹をさする。

「よしよし。今日も元気だな。安心だ。俺は今、内職中だ。がんばってるぞ」

『ぽこっ、ぽこ』

「お父ちゃんはな、仕事に行ったぞ。

寂しいか?

大丈夫、俺はずっとお前のそばにいる。

念のために言っておくが、俺はお母ちゃんだ。

お父ちゃんは一人。分かるか?」

『ぽ、ぽこ・・・』

「まあ、小さいことは気にするな。こういう胎教ってのは言葉の意味より、感情の方が大事なんだとさ。

俺もとりとめのないことをただ、愛情はたっぷりに語ってるだけだ」

外をみる。今日もいい天気だ。

「よし、たあ坊も起きたみたいだし散歩でも行くか!」

散歩へ行く合図として、腹をぽんっと軽く叩く。

『ぽこ!』

返事として蹴り返してくる。

「くぅ~っ。かわいいやつめ。

ちゃんと厚着していくからな。日光をたっぷり浴びろよ」

毎日、定番のコースだ。

車や自転車が少ない道を選ぶ。

少し歩いたところに、自然豊かな公園がある。

「はあ。やっぱり緑は気持ちがいいな。すー、はー。どうだ空気もいいだろう」

歩いてるときはあまり胎動は感じられない。

歩く振動でよく分からないんだ。

「あれは桜の木だ。春になったら綺麗に咲くぞ。

これは、パンジーだな。冬に咲く、たくましい花だ。

こっちは・・・えーっと。なんだっけ」

言葉に詰まると、自分の知識の少なさを思い出し不安になる。

「たあ坊、俺はお前が生まれてきて何か聞かれた時にちゃんと色々、教えられる自信がないんだ・・・

もちろん最大限、努力はする。

俺が頭悪いばっかりにお前に苦労かけさせる訳にはいかないからな。

教えられることは少ないかもしれないが、お前と一緒に考えるっていう姿勢は大事にするからよ。

一緒に成長しようじゃないか」

人が通りかかる。

少し恥ずかしい。

独り言のやばいやつだと思われたか?

まあ、いい。

そろそろ、帰るか。

ぽんっと、たあ坊に合図することを忘れない。

 

こんな感じの胎教の日々です。

こんなんでいいのか、どうなのかよく分かりません。

ただ、愛情だけは惜しみなく注いでいます。

子供は親の言葉をよく聞いて、言葉を学ぶと思います。

だから、そろそろおじさん口調は卒業しなくちゃなと思っています。

一貫性を持たせないと。

 

お読みいただき、ありがとうございました。

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