私は自分のことをおじさんだと思って生きている

心を守る手段として、自分をおじさんだと思って生きてきたアラサー女です。要領の悪いばかでへたくそ過ぎる日々を送っています。投げ出し・逃げ癖がついた、何も成し遂げてこなかった人生です。皆さんを色々な感情の渦へとお連れします。

結婚相手の名字が死ぬほど嫌だった話

現在は、結婚して夫の姓になっています。

最初、夫の名前を聞いたとき「よりによって!!」と思いました。

なぜ、夫の名字が死ぬほど嫌だったのか綴ります。

 

 

夫の名字

夫の名字は珍しくありませんし、私はどの名字にも偏見持っていません。

しかし、夫の名字は個人的にすごく嫌な思い出が詰まっており、それを連想させました。

私が今までの人生の中で唯一、殺意といっても(物騒だぞ!)言い過ぎではないくらい負の感情を抱いた相手の名前と一緒だったのです。

その相手とは高校生の頃の国語の先生です。

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先生にいじめられた話

国語の先生になぜか嫌われ、いじめっぽいことをされていました。

原因は今でも分かりません。

男性で60代くらいの年配の先生でした。

少しヒステリックなところも持っていた先生です。

気付かぬうちに何か、失礼なことをしてしまったのでしょうか・・・

国語は好きで、どちらかというと唯一の得意分野でした。

その先生の授業スタイルは独自のものでした。

ワンツーマンで教えることを好んでいて、一人一人生徒を回りプリントの出来をみて指導していました。

私のところに回って来ないのです。

最初は、気のせいだと思いました。

しかし、毎回みてもらえません。

飛ばされているのは私だけです。

混乱しました。困りました。

なにしろそのプリントの答えは先生が回って、教えていました。

回ってこないと答えが分からないのです。

プリントから期末試験など出題されます。

私は友達もいないので、人から答えを聞くこともできません。

頭もよくないので、自分で答えをみつけることもできません。

古文、漢文は増々できなくなりました。(それは、まあ自分の出来の問題もあるので仕方ありません)

新しいプリントも私には渡らなくなりました。

そもそも新しいものに皆が移っているとは知らず、プリントをもたもた解いていたら「お前はもう教室から出ていけっ!!」といきなり怒鳴りつけられ教室から出されてしまったこともあります。

死にたくなりました。

目立つ生徒でもなんでもありませんでした。

友達がおらず浮いている存在でしたが、先生からも疎まれる存在だとは思いませんでした。

今、思い出しても理不尽極まりないです。

先生というストレスが溜まる職業柄、何か鬱憤を晴らせる生徒が必要だったのでしょうか・・・

そうとしか思えません。

三年間、国語の先生は同じだったので地獄でした。

国語の授業が恐怖以外のなにものでもありませんでした。

ただでさえ、嫌だった学校生活の負の要因の一つになりました。

このようなことがあり、その先生の名前はトラウマ化していました。

簡単に書きましたが、その他も様々なエピソードがあります。

私の心の傷はとても深かったです。

卒業してからもずっとその先生のことを恨んでいました。

名字との付き合い方

付き合い始めは、夫(当時は彼)の名前を呼べませんでした。

名前を呼ばないで済む方法で話していました。(あの、とか笑)

名字は受け入れがたかったですが、夫そのものは好きでした。

名字を原因に付き合わないとか、別れようまでは思いませんでした。

段々、名字の違和感がなくなってきました。

嫌いだった人のイメージより、その名字から連想されるのは大切な夫のイメージに切り替わっていきました。

今ではそんな人もいたな、くらいなものです。

思い出すと胸はざらつきますが・・・

その名字で連想されなくなりました。

その先生の顔が、もやっと浮かんで、名前ってなんだったっけ。

そういえば一緒だっけ。

そういうものなんですね。

一時期は、結婚したらあの名字になるんだろうかとか、私の名字で結婚できないか、いっそ夫婦別姓にできないかまで悩みました。

名字について深く考えてみたり、名字なんて所詮は識別番号みたいなものだと思ってみたり。

名字って不思議だ。

法律上簡単に変えられるものでもないし、ご先祖さまから受け継いだ歴史もあるし。

今回は、私の気持ち一つの問題だったけど、なかなかに難しい問題ですよね。

 

お読みいただき、ありがとうございました。

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